中津川の橋(綱取ダム上流編)

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盛岡市を流れる中津川は、綱取ダムから始まっていると思っている方も多いのですが、実はまだまだ先から流れています。今回は、綱取ダムから浅岸駅までさかのぼってみました。綱取ダムより下流は別のページ に掲載しています。


貝田橋かいだばし

昭和55年9月竣功。綱取ダムの裏側にある橋。綱取ダムの周りには橋が多いが、呼石橋や大葛橋は中津川に架かる橋ではない。 この橋を渡ってやる気茶屋方向に曲がると、中津川に沿って銭掛地区まで行くことができるが、かなりの悪路なので要注意。私は原付がパンクするような気がして途中で引き返したが、野生のカモシカを見れたのは良い思い出となっている。


小貝沢橋こがいざわばし

昭和58年3月竣功。綱取ダムから先の道はしばらく中津川と離れてしまうので、久しぶりに見る橋となる。綱取ダムから銭掛地区を結ぶ御大堂スーパー林道(約7km)を走れば、他の橋が見つかるのかもしれないが、あまりの道の悪さに断念。橋のたもとに居たご老人に、付近にガソリンスタンドがないか訊ねたが、笑われてお終いだった。多分、常識はずれの質問だったのだろう。


良渡橋よしわたりばし

カーブになっている切り通しを抜けたすぐ先にあり、橋があるとは気づきにくい。橋との予期せぬ出会いに驚かされた。橋から直接川原に下りるのは危険だが、少し進んでから回り道をすると簡単に降りることができ、魚釣りの隠れたスポットになっているようだ。


よろこび橋よろこびばし

昭和62年12月竣功。橋を渡ってすぐにポストがあるので私有地に架かる橋かと思ったが、地図で確認すると道の先は長い。家の近くではなく橋の近くにポストを設置しているのは、郵便配達員のためだろうか?中津川に架かる橋でひらがなの橋名は、私の知る限りここだけ。


熊沢橋くまざわばし

橋名のプレートが外れかかっており、 物悲しさを感じる。ここまで来ると、民家も対向車もほとんど見ることはない。聞こえてくるのは鳥と虫の音だけ。当然携帯電話も圏外になっているので、事故を起こしたらしばらく助けがこないことを覚悟すること。この時点で原付のガソリンが半分近くになっており、引き返すか突き進むか非常に悩んだ。


岩倉橋がんくらばし

昭和53年1月竣功。しばらくJR山田線と並走した後にこの橋と出会う。山間を走る列車の写真を撮りたいと思ったが、一日数往復しかしない路線ではそのようなチャンスはめったに訪れない。最初「いわくらばし」と読むのかと思ったが、橋端のプレートを見ると「がんくらばし」のようだ。かなり読みにくい橋名である。橋の全景を撮り忘れたようで、このような写真を掲載せざるをえなく残念。


上落合橋かみおちあいばし

昭和52年7月竣功。川の合流地点に架かる橋で、どちらが中津川の上流か悩むが、浅岸駅方向に向かえば良い。


五淵橋ごぶつばし

昭和51年11月竣功。 この辺りの橋は同じ時期に造られたせいか、個性がなく似たり寄ったりである。自分で撮った写真を見ても、正直言って区別が付かない。


白雲橋

昭和52年2月竣功。橋の両端には漢字名,読みがな,河川名のプレートが付いているのが普通だが、この橋には読みがなのプレートがなかったため何と読めばよいか判らない。はくうんばし?しらくもばし?


無名橋

山林開発のために架けられた木製の私設橋で、清水橋のそばにある。すぐ近くに川原に下りる道があり、中津川の水を味わうことができる。澄んだ空気と清冽な水が、日頃のサラリーマン生活の疲れを癒してくれた。このような山林では、やはり木製の橋がよく似合う。


清水橋しみずばし

昭和50年12月竣功。この辺りから浅岸駅のホームが見えるが、駅に行くには少々遠回りをしなくてはならない。橋のたもとには廃校があり、この地区でも子供達が生活していたことがうかがえる。窓から中を覗いたところ保存状態はかなり良く、使われていた頃の風景が自然と目に浮かんできた。多分、年齢が異なる子供達が1つの教室で授業を受けていたことだろう。


上中津川橋かみなかつがわばし

昭和52年11月竣功。JR浅岸駅に向かう橋で、たもとには浅岸駅がスイッチバック式だった頃のホーム跡と思われる石垣が残されている。駅の待合室に置かれていた 駅ノートに描かれたイラスト を見て、こういうところで絵を描くというのも面白そうだと感じた。他の人の書き込みを読むと、この地の秘境感漂う雰囲気に魅せられて訪れる人が多いことが判る。ずいぶん上流まで来たが、川を見下ろすと想像以上に水量が多く、中津川の源流はまだ先であることが窺える。やはり、この先にも橋があるのだろうか?次回はもっと先まで行ってみよう。